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- [第一回] 津波により冠水した水田の塩害・除塩対策技術
GUIDE土の専門家から緊急提言「グリーンインフラを用いた防災・減災対策」(全6回連載)
第一回「津波により冠水した水田の塩害・除塩対策技術」
1. 土壌改良を考え続ける会社としてできること
2011年3月11日の東日本大震災は、東北・関東地域に甚大な被害をもたらしました。特に東北地方では津波により農地が冠水し、塩害で稲作ができなくなりました。水田の被害面積は約20,000haにも及びました(朝日新聞4月27日朝刊)。以下に、弊社の緑化技術や過去の知見を基に、現実に即した塩害・除塩対策技術を紹介します。
2. 津波による水田の被害
写真1、2は、津波で海水をかぶって被害を受けた水田の2ヵ月後の状態です(仙台市内)。まだ瓦礫の撤去は進んでいませんでした。表面には厚く汚泥がたまり、クラックや塩の析出、また異臭の発生などが見られました。一番の問題は、除塩に必要不可欠な排水機能を確保するための排水機場が破壊されていたことです。さらに土地そのものが沈下したことも重なり、復旧を困難にしていました。
3. 汚泥が堆積した水田で発生する問題
泥土が流入した水田では、まず瓦礫や汚泥を撤去しなければなりません。黒っぽい汚泥のほとんどは海底から運ばれたてきたもので、硫化鉄(FeS)や二硫化鉄(FeS2)を含んでいる可能性があります。これらは空気に触れたり、土中で還元状態(空気から遮断された状態)になると、稲作に大きな被害をもたらします。
空気に触れると |
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還元すると |
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そのため、泥土は除外する必要があります。
4. 塩害のメカニズム
一般的に言われる「塩害」のメカニズムは主に3点考えられます。
①浸透圧による問題 | 塩化ナトリウム(NaCl)が多量に存在することにより、浸透圧が高くなります。 浸透圧が高まると、植物の根の吸水作用を阻害することになります。 |
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②ナトリウムイオンによる生理障害 | ナトリウムイオンが高濃度で存在するため細胞のイオン濃度も上昇し、 様々な酵素反応が阻害されます。 |
③ナトリウムイオンによる土壌構造への影響 | 土壌中のナトリウムイオン濃度が高いと土壌粘土鉱物は分散しやすくなり、 団粒構造が破壊されます。 |
5. 対象土壌の土壌分析
対象土壌は土壌分析が必用です。塩素イオン量、EC、pH、CECとESPの各項目を分析されることが必用です。作物に障害が出ない塩素イオン濃度は、水稲・いぐさで100mg/(100g乾土)、野菜・果樹・花卉で50mg/(100g乾土)と言われています。塩素濃度とEC(電気伝導度)は相関の関係にあり、前者で0.7mS/cm、後者で0.5mS /cm程度です(「水田における台風高潮塩害被害の除塩技術」兼子健男、『水と土 第133号』 2003)。
ESP(交換性ナトリウム率:Exchangeable Sodium Percentage)はCEC(陽イオン交換容量)に占める交換性ナトリウムの割合(%)を表し、一般的に15以下とされています(US Soil Survey Stuff が示す土壌指標)。どちらかというとpHやECは水溶性のイオン、塩類を測定する指標ですが、ESPは水には現れない交換性の塩類を対象にしていることから、pHやECに加えて測定しておくべき指標であるといえます。
6. 除塩対策の具体的な流れ
除塩の具体的な処理方法については専門機関へご相談をされた上で着手された方が良いと思われます。
基本対策 |
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対策 |
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対策の一例を示します。
- 瓦礫などを清掃、表面に堆積した汚泥の撤去
- 土壌採取後、ECメーターによるEC値測定 → 0.7mS/cm前後で対策必要
- 土壌採取後、交換性Na、CEC測定→ESP測定→10~15(%)以上で対策必要
- 最初に、ポンプなどで早急に海水を排水
- 土壌改良材の投入(石膏系改良材)
- サブソイラ、弾丸暗渠により、土壌水分の地下浸透を促進 圃場に真水を入れ、代かきして塩分を洗い流す。
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■石膏の客入によるESP値の低下(吸着イオン構成比のコントロール)に関する資料
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『笠岡湾干拓地圃場における除塩問題の発生と対策工法の検討』
三野徹、天谷孝夫、長堀金造 農業土木学会誌 第59巻 第2号 -
『笠岡湾干拓地の土壌改良に関する研究(第1報)圃場造成後の土壌理化学性の経年推移』
『笠岡湾干拓地の土壌改良に関する研究(第2報)暗きょによる排水および除塩効果』
山本章吾、柳井雅美、高原清司、板野豊彦 岡山県立農業試験場研究報告 第14号
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■独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構
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農村工学研究所では「津波による浸水を受けた低平地水田の除塩対策」を平成23年4月27日に公開されています。
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7. 使用する改良材
日本では、今回のような地震による大規模塩害は例を見ませんが、台風時の高潮による被害はよく知られています。例えば、南相馬市や熊本県不知火海岸干拓地などです。そこでは、排水施設が健全に機能していたことから、真水で塩分を洗脱することでほとんどの改良が可能でした。
改良事例によっては「石灰系土壌改良材を使用する」との記載がみられます。実際には熊本県の資料(「塩類が集積した水田の暗渠排水を利用した急速除塩技術」612頁 2002年)に見られるようにpH改良用として炭酸カルシウムが使用されています。また、もし「石灰」を使用しますと水と反応して水酸化カルシウムとなり、pHの高いアルカリ性を示します。従って、そのまま圃場に使用すると、時にアルカリ問題が発生する可能性があります。
ここでは、Naを石灰系改良材のCaと置換して、排水とともに場外に洗い流すことで除塩を可能にする工法を紹介します。東邦レオでは、ナトリウム塩を大量に含む土壌に対し、石膏系改良材を使用して改良に成功した実績があります。石膏系改良材は土壌にある交換性ナトリウムを除外して除塩するだけでなく、粘性土壌をカルシウム系の土壌に変える働きもします。また世界でも除塩には石膏を使用することが一般的に行われています。石膏による改良は石灰に比べて溶解度が高いなどのメリットもあります。そこで、改良資材には石膏系改良材をお勧めします。土中におけるNaとCaの置換模式図は図1の通りです。
8. 改良材の溶解度比較
改良材の溶解度は以下の通りです。単純比較ですが、無水物石膏は炭酸カルシウムに比べて160倍、水和物石膏で140倍の溶解度をもっています。従って、同量のカルシウムを土壌に供給するには、石膏系はその必要量が少なくてすむことが分かります(詳しくは溶解度積による比較が必用)。その分作業量も少なくなります。
また、ナトリウム粘土をカルシウム粘土に置換できると、将来の土壌構造、例えば通気・透水性や保水性に大きな影響を与えます。
必要量は実験によって決定しなければなりませんが、多くのメリットを持つ石膏系は非常に有効な改良資材だといえます。
石膏 |
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炭酸カルシウム |
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